Twitterで、とあるChief Branding Officerという肩書きの方とのやりとりで、「定義に従う必要はあるのか?」とかその定義は「変わらないのか?」という主旨の質問を頂きました。で、この「定義なんて従う必要ない」って意見、結構見かけるんですよね、とある著名ブロガーとか意識高い系の界隈で。
で、いつか整理しようと常々思っていたことをちょうどいいのでまとめようと思います。さすがにTwitterの140文字では答えられないので、こちらで。
この定義に全員が従わないといけないのでしょうか。
— チカイケ秀夫@逗子アートフェスバル10/12~28開催中 (@chikagoo) October 18, 2018
独自の解釈をしてはいけない理由があれば教えていただきたいです。
この概念もダレかが作ったのなら、時代や相手によってコミュニケーションを変えてばいけないのでしょうか。
マーケティング4.0のようにマーケティングの定義も変わっています
※ちなみにこの投稿のもとになった「コーポレート・アイデンティティ」については、そもそも定義の混乱が多い概念だということは注記しておく必要があります。例えば、広義の「コーポレート・アイデンティティ」という概念からすれば、「ビジュアル・アイデンティティ」は「コーポレート・アイデンティティ」の構成要素の一つですが、「コーポレート・アイデンティティ」=「ビジュアル・アイデンティティ」というように思われやすい節もあります。これは「アイデンティティ」という言葉をどのように捉えてるかによって違うからなようですが、この点については井上邦夫先生やその他詳しく書いて頂いてる先生が沢山いらっしゃいますので、Wikipediaやそれらを引用したブログなどだけに頼らず、ちゃんとした研究をされている先生方の文章に触れていただいたほうがいいと思います。この文章の主旨はこのことではないのでこれ以上書きませんので。
さて、もとにもどって「定義に従うべきかどうか」問題ですが、これはもう「定義には従うべき」という答えしかありません。
なぜなら「定義」とは、議論や対話やあるいはプロジェクトetcを進める上での「プロトコル」や「共通の理解」をもたらすものだから。もし、それらの成員が好き放題に自分たちの「私的定義」をもとに話をしていたら、そもそも議論etcがなりたちません。「定義」とはコミュニケーションを円滑に行うためのもの、という説明も見かけますが、それは上記の理由によるものです。
先ほどから何度か 定義が大切といっていましたが、やっとその定義の定義をすることができ ます(混乱してきました)。定義の意味としては次のように捉えておきましょう。
議論を進めるために人が勝手に作った取り決めを記した文章
主に使う言葉を取り決めます。使う言葉を取り決めておかなければ各々が違う世界に迷い込んでいってしまいますよね。そうなると内容について会話することが非常に困難になってしまいます。
- 大学数学ほんとうに必要なのは「集合」より
また、「定義」とは articulation 分節化 によって行われています。分節化というのは、簡単に言ってしまうと範囲の切り分け、です。ある概念(A)について定義をどんどん拡張してまって、概念(B)まで含んでしまうと、概念同士の間に違いがなくなり、これまた定義の混乱が起きます。混乱が起きれば議論・コミュニケーションが成り立たなくなります。なので、ここからここまで、という分節化があって、それぞれの概念が定義されるわけです。
なので、定義を「独自解釈してはいけない理由」を答えると、
それは混乱をもたらす犯人になってしまうから、
です。
さて、上記に引用した『大学数学ほんとうに必要なのは「集合」』の「定義の定義」では以下のように書かれています。
議論を進めるために人が勝手に作った取り決めを記した文章
この「人が勝手に作った」という部分を「個々人が勝手に作った」というようにとらえてしまうといけません。これは「人間が」ぐらいの意味であり、自然法則だとかそういうので決められたものではない、くらいの意味だととりあえず理解してください。
ただここは次に重要な部分で、「人が勝手に作った取り決め」だからこそ、「人」の手によってその定義が変わったり、定義が拡張されたりといったことが起きます。つまり、「定義は変わる可能性も大いにある」ということです。
例えばマーケティングの定義に関して言えば以下のような変遷があります。これは世界的なマーケティングの団体 American Marketing Associations によるものです。
※「デジタルマーケティング - マーケティングの民主化」『一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn』号より引用。
一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号) [雑誌]
- 作者: 一橋大学イノベーション研究センター
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
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このマーケティングの「定義」の変遷は「人が勝手に作った」ものです。ただ、「個々人が勝手に自分の解釈で作った」ものではありません(←ここ重要)。 もともと存在した定義や場合によっては周辺領域にある定義を、時代の変化(環境etc)によって定義の内容が妥当ではなくなった、新たな発見があった、(あまりないですが)そもそももとの定義に誤りが見つかったなどの結果、「定義が変わる」ことがあります。この「定義が変わる」というプロセスでは、多数のその領域の研究者や実務者によって先の定義を踏まえた上で、新しい定義が取り決められるわけです。
つまりいきなりどーんと新たな定義が出てくるわけではないわけです。個人が、「これ俺が考えた新しい定義だから」ってものはないのです。それは定義じゃなくって、個人の「解釈」にすぎない。
ネット上でよくみられる「俺定義」は、先の定義をちゃんと踏まえた上での「定義」ではない、いい加減なものが多く、それらを鵜呑みにして用語などを解釈してしまう人たちがあとをたたないことは非常に残念なことです。特に、マーケティング、広告、PR界隈で多いですけど。
というわけで、まとめますと、
- 定義とはコミュニケーションを円滑にするために、それに従うべきもの。従わないということは、混乱を招くということ。
- 定義は変化する可能性はあるが、それは従来の定義の変化の必要性があった場合に起きることであって、それゆえに先に定められた定義を踏まえている必要がある。
というのが「定義」というものに対してとるべき「姿勢」と「理解」です。
これらを踏まえてないから「定義なんて従う必要があるのか?」なんていう話がちょいちょい出てくるのでしょう。残念ですが。
ところで、「マーケティング4.0のようにマーケティングの定義も変わっています」という一文が、先のツイートの中にありましたが、それは「コトラーのマーケティング」がそのように変わっているだけであって、「マーケティングの定義」が変わっているわけではありません。これは以下のような式で説明しておきます。
コトラーの書いてるマーケティング < AMAのマーケティング
であって、
コトラーの書いてるマーケティング = AMAのマーケティング
ではありません。
またもうちょっとだけつっこんだ話をしておくと、そもそもマーケティング研究の先端では、「マーケティング」という概念や言葉そのものが時代に合わなくなってきてるのではないか・・・・・・というぐらいのところまで来ているので、「マーケティングの定義とはなにか?」以上の混乱というか、新しい時代が来てる可能性があります。。。