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メディアと広告とマーケティング、そしてサービスデザイン。

破壊的イノベーション理論のレビュー、及び「サービス」への展開についての試案

※以下は某大学院の授業にて利用したものを改訂したものです。

 

イノベーションとは、

 クリステンセンによれば、イノベーションには「持続的なイノベーション sustaining  innovation 」と「破壊的なイノベーション disruptive innovation 」の二つが存在する。概して優良企業の多くは従来製品の現在の市場、顧客というものを売上と利益の源泉と考える。そのため、従来製品の顧客の声を聞き、そのフィードバックを元にして「さらによくなった」と考えられるような改良を重ねていく。この改良による従来製品の技術の革新が「持続的イノベーションである。一方で、そうした優良企業が見向きもしない小さな市場にて受け入れられ、売上を得、いつしかそれが大きな新興市場として従来市場を凌駕することがある。こうした(従来製品の改良ではなく)新しい製品による技術革新のことを「破壊的イノベーションと呼ぶ。

 さて、そもそも「イノベーション」は、シュンペーター(1943)によって提示された。シュンペーターは、資本主義下における経済発展の本質は「創造的破壊」にあると考え、しかもそれは外部環境の変化によって行うものではなく、企業内部におけるイノベーションによって起こすものであるとした。シュンペーター曰く、企業が持続的に発展するためにはイノベーションを創出しなければならない。この点において、シュンペーターの言う「イノベーション」とは、クリステンセンの言うところの「持続的なイノベーション」に当たる。しかしシュンペーターの言う「イノベーション」、クリステンセンの言う「持続的イノベーション」は、すなわち優良企業内での意志決定のレンズをも示しているのであり、新興市場に対する過小評価、つまり外部環境の軽視(=イノベーションは企業内部で起きるもの)や、既存の売上を基準とした新興市場への売上の少なさからの軽視を伴ってしまう。

 また、シュンペーター(1934)は、企業が、利用可能な物質や力を従来とは異なる方法で結合して新しいサービスや製品を生産すること、ないしは新しい方法で既存製品やサービスを生産するという「新結合 newcombination」がイノベーションだとした。しかし、「破壊的イノベーション」は、そもそも既存の市場における製品やサービスとは結びつかない、つまり従来の製品やサービスの延長線上で起きているイノベーションではないということから、ここからもシュンペーターのいう「イノベーション」は「持続的なイノベーションにあたると考えれる。

 武石と青島(2001)によれば、イノベーションの類型には、プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーション画期的イノベーションと漸進的イノベーション、そしてそれにクリステンセンの持続的イノベーションと破壊的イノベーションがあるとする。シュンペーターのいう、 “従来とは異なる方法で結合して新しいサービスや製品を生産すること”はプロダクト・イノベーションであり、“新しい方法で既存製品やサービスを生産する”というのはプロセス・イノベーションであるといえる。次に画期的イノベーションと漸進的イノベーションだが、漸進的イノベーションというのは過去のノウハウが生きている上で、改良によってより良い製品やサービスにしていくという点で、クリステンセンのいう持続的イノベーションに近い。一方で画期的イノベーションが破壊的イノベーションと近似ないしは同義かというと、一考の余地がある。武石と青島によると、画期的イノベーションというのは、過去のノウハウが陳腐化し、役立たなくなってしまうような不連続性の高いイノベーションを指している。しかし、クリステンセンのいう破壊的イノベーションにおいては、そうした過去のノウハウが全く生きなくなるような不連続なものを指すというようには言えないだろう。

 例えば、クリステンセン(2016)が言うように、「破壊的イノベーションは当初、既存企業の顧客の大半から「劣った製品(サービス)」と受け止められる」という“ローエンド”と思われるような位置づけで、既存市場に存在していると考えられる。また、「「破壊」とは、経営資源の少ない小さな会社が、既存の有力企業に挑んで成果をあげる過程を指す」とか、「破壊的イノベーションはローエンドあるいは未開市場で起きる」とクリステンセン自身は述べていることから、「画期的なイノベーション」のよって新市場を生み出すことがすなわち「破壊的イノベーション」はないのである。しかしながら、世の中の「破壊的イノベーション」の誤用の多くは、それをすなわち「画期的イノベーション」としてとらえているからだろう。

 

Uberは「破壊的イノベーション」か?それとも「持続的イノベーション」か?

 

 Uber Technologies (以下Uber)は、“破壊的”なイノベーションを起こしていると「考え」られやすい企業である。同社の競合である Lyft などととも「ライド・シェアリング」と呼ばれるビジネスモデルを持つこれら企業は、従来のタクシー・サービスを“破壊している”ととらえられやすい。確かに、従来のタクシー会社からしてみれば、移動するという価値を顧客に提供しているという観点からは、それらは自分たちの市場を“破壊”しにきていると考えられるのも理解はできる。しかし、クリステンセンのいう「破壊的」とは、destructionではなく、disruptionであり、市場を壊すといったニュアンスのものではない。

  「破壊的イノベーション」の disruptive とは、Cambridge Dictionary によればその意味するところは、”The action of preventing something, especially a system, process, or event, from continuing as usual or as expected.”とあり、従来的なやり方や期待を妨げる何か、という否定的な意味合いを持っていた。クリステンセンがこの語をあえて使ったのは、disruption という言葉が、既存市場からすると一見否定的に見えるイノベーションというニュアンスを醸し出したかったからではないか、とも思える。しかし一方で、クリステンセン自身が自省を込めて警鐘を鳴らしているが、「破壊するか、破壊されるか」という常套句は誤った判断を導きかねない。それゆえに次のようにUberを見ていくことは意義があるように考える。

 さて、Uberが「持続的イノベーション」か「破壊的イノベーション」かという問いはどのようになるか? こうした問いへの答えを見いだそうとしたときにもっともバイアスになってくるのは、先述した「画期的イノベーション」と「破滅的イノベーション」の混同である。

 Uberのスタートは、米国西海岸においてなかなか空いているタクシーを捕まえにくいという課題を解決するものであった。そのためには、空いている車両と乗りたい客をマッチングさせるテクノロジーが必要であった。一方で、乗りたい客のリクエストに応えるにはそれなりの車両台数が必要である。しかしながら、乗客のリクエストが最大の状況にあわせて車両台数を増やすというのは、それ以外の状況下において大きな無駄が発生する。その課題を複数人で乗り合わせる「ライド・シェアリング」や一般車の空き時間をタクシー化するというサービスモデルによって乗り越えたところが注目される部分である。一見すると、新しいプロダクトの登場であり、新しいサービスモデルの登場であると考えられるが、そこにはクリステンセンの言うような“ローエンドな市場”というものがあったわけでもなく、むしろシュンペーターの「新結合」や、新しい方法でサービスや製品を生み出す「プロダクト・イノベーション」にあたると考えられる。いわば、公共交通における課題、それに不満を持っているタクシーの乗客たちの声を聞くことによってその市場を“改良”したという点においてUberとは公共交通市場において起きた「持続的イノベーションである。


「サービス」において、「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」はどのように適用できるか

 

 サービスの分野において「イノベーション」の理論を用いるにあたり、まず「イノベーション」というのはすなわち「技術革新」ではない、ということを確認しておく必要があろう。もちろん狭義においては「イノベーション」とは「技術革新」である。しかしシュンペーター以降、クリステンセンらによって研究されてきたイノベーション」とは、企業や市場の持続的な成長を促すものを指しているのであり、プロセスであるとも言えるだろう。このように考えると、そこに画期的な技術的な進展の余地がなかったとしても「イノベーション」というものは起こりうると考えられる。

 例えば、しばしば「ブルーオーシャン戦略」の題材にも挙げられる理髪店チェーン「QBハウス」は、その普及によって理髪店市場の「持続的イノベーション」を起こしたと考えられる。「QBハウス」が安価でしかも短時間でサービスを享受できるからといって、それがローエンドであり、「破滅的である」とは言いがたい。それよりも、従来は予約をして商店街やショッピングモールに赴かねばいけなった散髪というものを、オフィスワーカーの勤務先周辺や通勤経路への出店とその時短化された理髪サービスによって、市場を「改良した」ものである。

 一方、広告業界にこの10数年ぐらいで起きている例。広告業界というのは無形財を扱うB2Bサービス産業であり、広告代理店は、広告の制作や広告媒体枠の購入といったサービスを企業に提供している。このB2Bサービス産業において、広告クリエイターの作る広告映像というのは”ハイエンド”な価値を持っていると従来考えられてきた。なので、“一流の”広告クリエイターからすると、YouTubeに挙げられるような動画というものは素人が作ったものか、素人に毛が生えた程度の人たちが作る、”ローエンド”なものであり、自分たちの作る”ハイエンド”な広告映像がそれらに負けるものはない、と考えられていた。しかしながら現在では、そうした”ローエンド”と考えられる、もともと素人だった人たち=YouTuberたちが作る動画がユーザーに受け入れられ、そして企業もそうした人々に予算を渡し、広告映像を作成してもらうということが普通に起きている。

 2006年頃には、二人の素人が作った、通称「メントスxコーラ」と呼ばれる映像が大きな視聴回数を獲得。「コーラにメントスを入れると噴水のようにコーラが吹き出す」というその現象をしったユーザーたちがこぞってそれを真似、結果その年のコーラの売り上げが伸びたという”事件”が起きた。広告代理店のクリエイターが作った広告映像ではなかなかあがらない売上を、”ローエンド”な動画によってあげたのである。興味深いことに、毎年毎年、その年の最優秀広告代理店を選出し発表している、世界で一番権威のある広告業界メディア

 AdvertisingAge誌は、この年2006年の最優秀代理店として”The People”をあげた。マスメディアに比べてインターネットというものを軽視してきた大手の優良広告代理店が、ローエンドな「破壊的イノベーション」にやられてしまった瞬間であった。

 さてこのように、サービスの文脈においても、改良を重ねていくことによって起きる「持続的イノベーション」や、ローエンドがハイエンドを浸食しだす「破壊的イノベーション」のどちらも起きる。ただ、その際に考慮しなければならないのは、イノベーションは企業内だけで起きるものではなく、市場で起きるという見方であるように考える。もし起きている(起きうる)イノベーションが、市場の不満を解消するものであればそれは「持続的イノベーション」となりうるし、一方で、ハイエンドサービス提供者からは見向きもされなかったローエンドなサービスが市場で普及するのは「破壊的イノベーションだ。

 サービスというのは、基本的にアクター同士が行うインタラクション、無形財の取引であり、スキルの交換であると考えると、サービスにおけるイノベーションの研究というものには、従来的なマーケティング理論のみならず、社会や経済・文化といったコンテクストも含めて(例えばあるプロダクトが“ローエンド”と考えられるのは単に経済的・経営的な観点からのみか?それとも文化的なコンテキストが存在するのか? 例:マルセルデュシャンによる「泉」)分析・考察をしていく必要があろう。




【参考資料】

クリステンセン,C.M.ほか イノベーションのジレンマ. ハーバードビジネスレビュー. 2009.4, p.90-107.

クリステンセン,C.M.ほか  破壊的イノベーション理論:発展の軌跡. ハーバードビジネスレビュー. 2016.9, p.27-28.

シュムペーター,J.M. 資本主義・社会主義・民主主義 . 中山伊知郎ほか訳. 東洋経済新報社, 1995.  Schumpeter,J.A.. Capitalism, Socialism, and Democracy. George Allen and Unwin,, 1943.

武石彰, 青島矢一. “イノベーションと企業の栄枯盛衰”. イノベーション・マネジメント入門. 日本経済新聞社, 2001, p.99-126.

立入勝義. UBER ウーバー革命の真実. ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2018.

モザド,A.; ジョンソン,N.L. プラットフォーム革命: 経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか. 藤原朝子訳. 英治出版, 2018.

高広伯彦. 次世代コミュニケーションプランニング. ソフトバンクパブリッシング, 2012.

Christensen,C.M. “Disruptive Innovation Explained.”. Harvard Business Review Channel on YouTube.2012-03-30. https://www.youtube.com/watch?v=qDrMAzCHFUU, (参照 2020-06-26).

Tad Walch. “Clayton Christensen, guru of disruptive innovation and Latter-day Saint leader, dies at 67”. Deseret News. 2020-01-24. https://www.deseret.com/faith/2020/1/24/21079323/clayton-christensen-harvard-disruptive-innovation-lds-mormon, (参照 2020-06-26).