mediologic

メディアと広告とマーケティング、そしてサービスデザイン。

MicroAd Retargeting について思ったこと~ネットマーケティングフォーラムを経て

(あまり特定のサービスについて、ネガティブなコメントをこのブログではっきりと述べることは避けてきたが、今回ばかりは周囲の声も大きいので書くことにした)

■逃した見込み顧客を取り戻せ--サイバーエージェント、リターゲティング広告を開始 - CNET Japan

先週開催された『ネットマーケティングフォーラム』でただ一つだけ出たワークショップがある。
それはサイバーエージェント(7月1日付けでスピンアウトの株式会社マイクロアド)が提供する『MicroAd Retargeting』セッションだ。

このセッションの最後に設けられた質疑応答で、アメーバブログ事業の本部長を長く務め、今回の株式会社マイクロアドの社長に就任する渡辺健太郎氏に、いくつかの質問をぶつけてみた。

この件が、なぜか話題になってしまっており(苦笑)、「タカヒロが渡辺氏に噛み付いた」という噂とか、あるいは、サイバーエージェント社内では一部で「あの商品は大丈夫なのか?」といった空気も流れている、という話が聞こえてきている。

まぁほおっておこうか、と思っていたら、土曜日の午前11時頃に某氏から連絡が来て、「あの件に関しては、渡辺氏にもわかっていない部分があるのだと思うので、はっきりとどこがマズイのか、ブログで書いてやってくれ」と、お願いされてしまったので、ここに書いておく。

以前にも『MicroAd Retargeting』には危険な側面があることを書いたので、こちらをまずは読んでいただきたい。

さて。

正直、渡辺氏のワークショップ、プレゼンテーションはうまかった。素晴らしかった。
特に行動ターゲティングの分類や、歴史をまとめた資料。及び商品特性の説明資料などもよくできており、ちゃんとした運用さえ行えば、使える、イイ商品だ、と僕自身もちゃんと理解している。

しかしながら、幾分利用していた資料の中に、原典を読み込めていないのか、我田引水になっていたり、あるいは、各スライド間で言っていることで矛盾していると思われてもしょうがない点があった。

例えば、

あるスライドでは、行動ターゲティングの導入によって広告主のコンバージョンが3倍になり、
別のスライドでは、媒体社にとっては、(広告枠の)impression単価が向上した。

といった点。

なるほどすごいイイよね、とも思えるのだが、impression単価の向上は、媒体料金の上昇を意味するので、その向上分以上の効果が無ければ、広告主側のコンバージョン単価が低下する(コンバージョンが増える)ことはない。
この点に関しての説明ははっきりとした答えをもらえなかった(むしろこちらが説明をし、↑のようなことが起こるならいいよね、と、この質問に関しては閉じた)。

実際には、impression単価が向上する、というよりも、深い階層の広告枠や、売りにくい広告枠を効率よく売るようにする、というのが行動ターゲティングの媒体社側のメリットなのだが、この点は渡辺氏の回答から類するに、社長自らが理解できていないのではないかと思わされた(※ちなみに行動ターゲティングがUSでも日本でも持てはやされ始めた理由は、どちらも「売れない」「売りにくい」広告枠を売るため、という媒体側の意向が大きい、ということは、よくこの領域をリサーチしている人であれば周知の事実である)。

また、(これは質問をしていないが)、USの行動ターゲティング提供会社 TACODA のエグゼクティブが書いたレポートをうのみにし、「行動ターゲティングは文脈ターゲティングよりも数倍も効果が高い」という言葉を引用していたが、実際にはこのレポートは、テキスト広告とバナー広告を混在させた上で行動ターゲティングのほうが効果が高い、といっており、正しい調査とは言いがたいものである。

しかしながら、このあたりに関しては、資料の読み込みが甘いのではないか、というレベルなので、まあ全然構わない。

重要なのはここからである↓

渡辺氏は、「Amazonはユーザーに対して商品のおすすめ情報を提供しており、それが購買に結びつくと共に、ユーザーにとってもいい情報を与えている」と言った主旨の発言を、ワークショップの冒頭でしていた。

しかしながら、これはあくまでも Amazon にログインしたユーザーが対象で、かつ、自社サイトにおける過去の購買履歴に基づき、自社サイト内「のみ」で、過去に「登録をした」ユーザーに対して提供されるものである。MicroAd Retargeting という商品は、サイトを訪れたユーザーに対して、何のアテンションもないまま cookie を埋め込み、そのサイト内行動に基づいて「別の場所」で、行動に基づきターゲティングされた広告を提供するのである。つまり、ユーザーは一切のパーミッションをサイト側に与えていないにもかかわらず、「広告に追いかけられる」のである。

さて、こう話すと、DAC/iMediaDrive の提供する impAct BTA のような「サイト間行動ターゲティング」やAlmondNetが提供するような「検索リターゲティング」はどうなのか、という話になるだろう。実はこの2つと MicroAd Retargeting との最大の違いは、その行動ターゲティングが使われるサイトでのユーザーへのサービス提供主体の違い、である。「サイト間行動ターゲティング」と「検索リターゲティング」の場合、サイトを訪れたユーザーはそのサイト(つまりコンテンツなり、検索なり、といった“サービス”)を無料で使うことに対するトレード・オフとして広告を受け取っていると考えられ、その広告がよりユーザーに適した広告であればあるほど(全くユーザーにとって関係のない広告が出るよりも)ユーザーにとっての利便性が高い、と考えられる。そして、これら2つの場合、cookie を発行しているのはあくまでもサイト運営者であり、広告主ではないので、ユーザーからのクレームが入るとすればほぼ確実にサイト運営者と行動ターゲティングプロバイダーとなる(しかしながら実際には前述したように「サービス」を無料に使う対価としての広告について、ユーザーにとってより適切なものを配信しているということになるので、クレームは入りにくいだろう)。また、「自動車のサイトを最近見た人」に対して、「自動車の広告」を出す、といったように、“カテゴリ”ごとにターゲティングをしていくので、トヨタのサイトを見たから、トヨタの広告を出す、といったものではない。あくまでも、ユーザーの行動をカテゴリ化したものが、広告としての販売対象なのである。

一方、MicroAd Retargeting の場合は、広告主のサイトにて cookie が埋め込まれ、その広告主の広告が ameba blog とかに拡がる、Micro Ad のネットワーク上で出るのである。ユーザーにとって「A社のサイトに行ってから、A社の広告が出るようになった」となる。しかも一切そのユーザーのパーミッションを取らずして。果たしてこれが、渡辺氏がワークショップ中に言っていた Amazon と同列に語ることができるのだろうか。

このユーザーのパーミッションを取らずに広告が出ること、また、ユーザーがどのようにそれを opt out できるのか、ということについて、渡辺氏の返答は、

(上記した2つの行動ターゲティングと)「同じなので問題ないと考えている」
「ブラウザから cookie を削除すれば大丈夫」

というものだった。

前者の回答については、ちょうど隣に、某行動ターゲティングを日本に持ち込んだ某メディアレップのCTOがいたのだが、一緒にされてしまって非常に苦笑していたのは言うまでもない。

(※ちなみに cookie を削除しても、またそのサイトを訪れればまた焼かれてしまう=cookie入れられてしまう、ので、意味無いです。この辺、渡辺氏がちゃんと理解しているのかよくわかりません。むしろ、一度 opt out 状態になったユーザー(≒ブラウザ)に対しては、「広告出しませんcookie」「opt out cookie」を彫らないとあきません。ちゃんとやるなら)

後者の回答については、果たしてそのようなことができるだけのリテラシーを持つユーザーがそれほどいるのか? また、ユーザーが気づくのがあくまでも cookie が埋め込まれてしまったあとだ、ということだ。

正直な話、「MicroAd Retargeting は消費者に対するポリシー、倫理観に欠けた商品である」あるいは「運営者・サービス提供者の倫理観が低い」とは思いたくなかったのだが、このワークショップを持って確信せざるをえなかった。

USのオンライン広告市場で、行動ターゲティングといえば、今では RevenueSciene や、TACODA が注目されているが、その先鞭を切ったのは、GATOR という会社だった(GATORについての詳しい内容についてはこちらをご覧ください)。しかしながら、GATOR が社名を変更せざるをえないハメになってしまったのは、消費者団体やパートナーとも言える各サイト、及び広告主からの、ユーザーのパーミッションを得ない行動ターゲティングへの非難からだった。渡辺氏のプレゼンではこの GATOR が経た道筋についてはほぼ触れられていなかったが、もし MicroAd Retargeting を進めるのであれば、その失敗から多くを学ばねばならないだろう。

特に、今回の商品は、広告主自身のサイトで cookie を埋め込むため、広告主へ消費者・ユーザーからクレームが行きかねない。「御社のサイトに行った途端に御社の広告がたくさん出るようになった。何か細工をしてるのか?こちらは了承した覚えは無いのに」など(USでも同様のサービスが提供されているが、あくまでもアクセス解析の延長線上のような「広告主側の責任」で使う“ソリューション”として提供されている。MicroAd Retargeting も実は同様の仕組み(=ほとんどアクセス解析。この点同席した某アクセス解析ツール提供企業のトップと、「おいおい、なんじゃこりゃ」と同意)の場合、ユーザーからのクレームに対し、媒体社である、ameba blog などや、配信会社である MicroAd 、あるいは広告主、の誰が責任を追うのか、非常に不明瞭だ。しかしもし「広告主」というのであれば、広告主に対して商品を売る際にその説明責任がある)。

こうした、ユーザーサイドへのケアが非常に薄いと思われるのは、MicroAd Retargeting の FAQ を見てもわかる。このエントリを書いている 6/10 の 22:39 現在、一切、ユーザーサイドに関してのFAQが無いのだ。果たしてこのような広告商品に対して広告主は安心して広告を出せるのだろうか...。

最初に書いたように、この商品自体は運用次第によって、非常にいい商品になる。たとえば、リコメンデーションエンジンを持たないECサイトや広告主にとっては、広告ネットワークを使って、それを実現するツールとなるからだ。ではその運用とは何か? おそらくそれは、「パーミッション・マーケティング」や「メール・マーケティング」の作法に学ぶところが多いだろう。

こんな感じだ↓


1) cookie を発行するサイトでは、「特定のサイトを訪れた際に、弊社からお客様に見合った広告を配信することがあります」と、サイト来訪者に分かるように明示すること(※追記:上記“特定のサイト”はどこなのかも明示しておくべき)
2)サイトを訪れ、cookieが焼かれる時点で、opt out もできること。
3)MicroAd ネットワーク上で、当該広告が出た際に、そのターゲティング情報(=cookie)を削除する方法も同時に明示すること

などだ。上記3つについては“全て”ユーザーに提供されなければならない。

もしほんとに MicroAd Retargeting のサイトに描かれているようにユーザーが笑顔でその広告を受け取り、それがユーザーにとって「価値のある情報」を提供できるのであれば、上記3つのポイントがあったとしても、広告商品としては実現するハズだ。もし商品に自信があるならハッキリとこれらのポリシーを貫いて欲しい。そうでないと、cookie に対する悪いイメージをマーケットに形成してしまい、MicroAd Retargeting だけの問題ではなく、他社の行動ターゲティングにも影響を及ぼすからだ。マーケット全体に及ぼす負の効果も含めて、こういったサービスを進める際には気をつけて欲しいものだ。


最後にちゃんと書いておきたいことがある。

僕がこのエントリを書くキッカケになったのは、あくまでもサイバーエージェント内の「心ある人々」「(ずっと邪魔モノだった)広告をいい方向に導きたい人々」からのオーダーによるものである。
なので上記した文章は、サービス運営主体の社内からの声を代弁し、かつ僕自身が昔から(その名前がまだ無い頃から)“行動ターゲティング”を追い続けたのでその見解を加筆したものである。

もし、このエントリについて MicroAd サイドから反論があるのであれば、それはしっかりと社内・グループ会社間で昇華すべきものである、と言っておきたい。

(付記:このエントリに反応したブログ・エントリ↓)

■ AmazonとMicroaAd Retargeting