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インバウンドマーケティング狂騒曲

書こうかどうしようか迷ったけれどもやはり書くことにする。

新しい言葉が出てきてそこに新しいマーケットが生まれつつあるとき、二種類のタイプの人がそこに存在するように思う。

ひとつは、その言葉によるビジネスそのものを推進しようとする人たち、もうひとつは、その言葉に乗っかって既存のビジネスを”言い換え”によって売ろうとする人たちだ。

例えばインバウンドマーケティングはまさにそういった状況に入っており、インバウンドマーケティングをマーケティング・サービスとして提供したい事業者と、その言葉を利用して自分たちのビジネスを売ろうとしている事業者と、この2つが存在する。残念ながら今の日本の状況においては、後者のタイプの事業者は人々を騙そうとしているのでは?と思わざるをえない行動や発言をとっている。

「同じようなことを考えていた」、「同じようなことをやってきていた」と言って、時代のキーワードに乗ってくるような人は、これまでも他のキーワードにおいても同じようなことをしていたのだろうが、新しいキーワードの本質を理解することなく、時代のバズワードとして食い散らし、人々を惑わせる。

今日3月14日、宣伝会議が主催するアドタイデイズにてとあるセミナーに参加した。

タイトルは『インバウンド・マーケティング セミナー ~戦略PR・CRMを活用した日本版インバウンド・マーケティングとは~』というもので、参加した人は「インバウンドマーケティング」について聞きたかったからこそ満席近い状況になっていたのだと思う。

戦略PR領域の企業である株式会社ベクトルとCRMツールを提供しているシナジーマーケティング株式会社が、インバウンドマーケティング事業で提携し、かつ4月に宣伝会議より『実践インバウンド・マーケティング』という書籍を出すということで、それに関連して開かれたのがこのセミナーである。

彼らの言う「インバウンドマーケティング」の”事例”、”実践者”としてめんつゆで有名なヤマキ株式会社の担当者がケーススタディを話されたりもした。

しかし、残念ながらヤマキさんの”事例”も含め、このセミナーは、シナジーマーケティングの新しいサービス“Inbound 360”とベクトルの戦略PR事例の話にすぎないものであった。

この二社の提携と、提携によるインバウンドマーケティング事業における両社の役割については、こちらに掲載されているが、結局のところベクトルが行うのは、戦略PRによる”キーワード”の拡散とその結果生み出される”検索”(ここを彼らは「発見」といっており、おそらくはインバウンドマーケティングにおける"get found"のことをこのように解釈しているのだろう)を狙うというもので、シナジーマーケティングにおいては従来のCRMツールを発展させたinbound 360というサービスなのだと読み取れる。

機能面で見ると「キャンペーンの評価」や「みつけてもらう」コンテンツづくり、というのがあるが、前者は結局戦略PRキャンペーンの”簡単な”分析にすぎないし、後者もよくよく読めば、ブログやソーシャルメディアでのコンテンツマーケティングの結果「みつけてもらう」ということを言ってるのではなく、具体的にはフォームやメールという言葉でしか書かれていない。※それはただのCRMツールじゃないの?

このように、インバウンドマーケティングの本質的な部分がすっぽり抜けたままに、「(戦略PRでもなんでも)検索されてリード獲得出来ればインバウンドマーケティングと呼べる」というような立て付けで語られると、なぜインバウンドマーケティングに注目すべきなのか、がまったく理解されないままになってしまう。

シナジーマーケティングの谷井社長は壇上で、インバウンドマーケティングやHubSpotのことを語っていたし、アドタイデイズ会場での同社のブースではスタッフが「HubSpotって御存知ですか?インバウンドマーケティングは御存知ですか?」といったようなことをしゃべっていたわけだが、同社はHubSpotの販売もしていないわけだし(部分的に同社のサービスと競合するので難しいかもしれない)、「インバウンドマーケティング」や「HubSpot」という言葉をつかって、うまく自分たちのソリューションやツールを売ろうとしているだけでは?と思われても仕方がないだろう。

さて、ではインバウンドマーケティングの本質とは何か?

従来のアウトバウンドなマーケティングとの本質的な違いでもっとも重要なのは「get found 見つけてもらう」ではない、実は。戦略PRでキーワードを普及させて、そのキーワードが検索されるようにするのは、本質的にはインバウンドマーケティングではない。

インバウンドマーケティングは、見込客のほうからこちらによってくる、ということを差して、”インバウンド”という言葉を選んでいる。ではこの見込み客のほうから来る=get foundによって、というのはどういうことなのか?

これまでのマーケティングというのは、マーケターや企業側のスケジュールに基づいて行われてきた。つまり企業が商品・サービスを売りたいタイミングに広告やPRを行うというもの。だからこそ、その広告や情報を受け取る側の都合はお構いないしで、そのことが interruption だったわけである。

しかし検索などはまさにその最たるものであるが、今の時代は人々の側が自分の興味関心にあわせて情報探索をしている。

つまり、マーケターや企業側のスケジュールに基づくマーケティングから、人々(消費者/ユーザー/見込客etc)のスケジュールに基づくマーケティングへ。

このことがインバウンドマーケティングに注目するもっとも重要な理由であり、かつ本質なのである。

それゆえ、こうした本質的な”うんちく”なくして、インバウンドマーケティングというキーワードにのっかってくるような事業者さんたちについては、正直腹が立つ。 自分たちのビジネスを売りたいがために我田引水に意味解釈を捻じ曲げてこうした言葉を使うと、市場の混乱を産むだけでなく、日本のマーケターたちが誤った解釈を受け取った結果、つまらない”思考のガラパゴス化”を形成することに手を貸すことになるからだ。

今回のセミナーにいたっては、多くの聴衆が不満を持ったのではないだろうか? いや不満だけならいいが、この二社に対してのイメージが逆に悪くなった可能性だって否めない。それは正直もったいない。

もし、”戦略PR+インバウンドマーケティング”という話だったり、シナジーマーケティングさんのツールだけの話であったとしたら、”インバウンドマーケティングを実現するための一部分を請け負うツールやサービスとしてこういうのがあるんだな”と理解されたと思う。例えばシナジーマーケティングさんの場合は「インバウンドマーケティング+CRM」というメッセージを使っていたわけで。しかし今回は、”戦略PR+CRMでインバウンドマーケティングでございます”そしてこれが「日本版のインバウンドマーケティングです!」と声高に語ってしまったことは、業界に対する罪を犯しているのではないだろうか?

私が事業運営する株式会社マーケティングエンジンでは、HubSpotの販売ライセンスを持つ他企業や、あるいは本質的な点を理解してインバウンドマーケティングに使えるツールやサービスを販売しようとしている企業様とは、積極的に連携をしていきたいと考えている。その理由は、「インバウンドマーケティング」というマーケティング・コンセプトを正しく普及させることにある。これが企業マーケターの変革にもつながる。それゆえ、もしインバウンドマーケティングを捻じ曲げて解釈してコトを進めようとしている事業者がいるとすると、どこかでコンフリクトが起こってしまう可能性が高い。ただし、そういった戦いは残念ながら避けては通れない道なのだろう。

日本のマーケティング業界は新しい言葉に飛びついて、でも本質的な部分はすっぽり抜け落ちてることが多い。

インバウンドマーケティングにおいてはこのような状況にならないよう、会社設立後半年で”実際に”インバウンドマーケティング用のマーケティングシステムを日本国内で最も多く販売している弊社としては努力をしなければならない部分だと思う。そのために関係者のおチカラをお借りすることがあると思うので、その際はよろしくお願いいたします。

でもね、今回のセミナーは本当にダメだと思う。「タイトルは釣りです」って書いてないと、許されないと思いますね。

4月に出る本も、もしかすると「インバウンドマーケティング」というタイトルがついてなければすごくいい本かもしれない。でも、今日のセミナーのような話が書かれているなら『実践!インバウンドマーケティング』というタイトルは景表法にひっかかるレベルじゃないかと思います。

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