朝から元オーバーチュアで、現ルグランの泉さんのブログ記事を見て、同じく元Googleで広告商品/営業マーケティングを行っていた知見から。
■【リサーチ】検索連動型広告にブランディング効果はあるのか?
こちらの記事中にある、東大生の論文が「検索連動型広告にはブランディング効果がないと調査で認められた」という内容なんだけれども、
■検索連動型広告に表示されるか否かがブランド資産に与える影響-検索連動型広告にブランディング効果はあるのか-
どうにもこのサマリーを見る限り、反駁せざるを得ないので。学生の論文だからといっても、ネット上に現れるとこれをもって「ほら調査で証明されてるでしょ!」と何も考えてない人が使ったりする。前提となる調査仮説や設計は常に批判的な目で見るのが社会調査の基本なので、学生の調査に対して大人げない、という人もいるかも知れないが敢えてここは書いておきたい。また学部生じゃなく、院生の論文だし(院生にしては前提となる領域への調査力が低いとしか思えない)、しかも社会学・社会心理学をやったことにある人なら必ずその著書にお世話になったことのある、池田謙一ゼミからの論文で、しかも池田先生が連名になっているからこそちゃんと文章で対応したい。
では以下より、私の意見。
検索連動型広告とブランディングを俎上に載せるには、以下を踏まえないといけない。 その上でこの調査仮説・設計が最適かどうかを考えると、否、としかいえない。
(1)ブランディング、には2つの使われ方がある。
広告業界の一般的な使われ方(Brand Exposureに関わる部分。Brand Association、Affinityなど)と、ブランド論の文脈で使われる意味合い(ブランドとは Brand ExposureとBrand Experienceの総体によってもたらされる企業活動)がある。ただしどちらについても他のブランドよりも目立つ(visibility,distinction,differenciation…)についてであることは同じ。 つまり、ブランディング、という言葉の定義はここに書かれている以外にもっとシンプルに「知名率」という意味合いで広告業界では使われる。ほとんど全ての場合、検索連動型広告はブランディングに効く、といった場合それは商品体験などを含まない、Brand Exposureと同義で使われる。よって本調査の前提となっている「しかしながらブランドの定義が「ある売り手の商 品やサービスを他の売り手のものと異なるとして同定化する名前、コトバ、デザイン、シンボル、その他 の 特 徴 」( American Marketing Association,2008; Bennett, 1995)であることを考えれば、検索連動型広告のブランディング効果には疑問を持たずにはいられない。なぜなら、テキスト主体の検索連動型広告で は商品やサービスどうしの違いを打ち出し印象付け ることが困難であると考えられるからである」という前提と実情とが大きなギャップがあり、SEMPO Japanと Enquiroの調査結果が示すものに対する反駁とならないし、仮説1/仮説2についてもその仮説設定自体に疑問を持たざるを得ない。
(2)広告主が検索連動型広告に「出稿する理由」としての「ブランディング」の持つ意味合いは何か。
広告主が検索連動型広告にブランディングを求める、といった場合には、そこに表された広告テキストだけでなく、その先のランディングページへの到達を含めた上で、ブランディングを期待することを意味している。SEMPO Japanの調査結果はそれを現しているものと思われる。
(3)イエローページ/タウンページとしての「検索連動型広告」
検索連動型広告はキーワードに連動する広告である。そのため、あるキーワードが検索されたときにそこにブランド名が出ていない場合、それはそのキーワードにおける商品カテゴリーにそのブランドが「存在しない」ことを意味してしまう。これまでは積極的(いわゆるプッシュ)にブランド名を表示していくことが(Brand Exposureとしての)ブランディングとして理解されており、ブランド知名率はその露出量に比例して変化する。しかしマーケター側がコントロール可能な従来的なブランディングと違い、検索連動型広告の場合、消費者がキーワードを検索しない限りブランド名が露出しない。イエローページ/タウンページであっても、カテゴリー内に掲載されているから会社名が「知られる」。これは、消費者側が「調べる」までは「ブランディング効果はゼロ」といってもいい。しかし「調べる」という契機に入ったときにそこにブランド名がなければ「知られる機会」がなくなってしまう。同様に検索連動型広告についても「ブランディング」を期待している、という前に暗黙の了解として「(ターゲット消費者への)ブランディングの”機会”」を購入している(しかも成果報酬型で)と考えるべきである。この点においてもこの調査の前提・仮説が上記のようなリサーチ/ヒアリングをなされていないところからもたらされているような気がしてならない。
(4)検索連動型広告におけるブランディングはカテゴリーでの想起率で考えなければならい。
前項(2)(3)での話はこの↑ようにも言い換えられる。ブランド知名の想起、特にある商品カテゴリー内での想起率というものが期待される。「低燃費車(fuel efficient cars)ならHONDA」というBrand Association についての機会が得られることを広告主は期待している。
(5)興味を持っていない人のキーワード検索とブランド名との関係は、生じなくても当然。
調査では、実験参加者に10のカテゴリーからキーワードを選ばせているが、この時点で検索連動型広告の真実とは大きくかけ離れた「実験室での実験」となっている。検索連動型広告を理解する上でもっとも重要なこと。それは「検索とは消費者の興味が生まれたときにはじめて起こる情報行動である」ということである。なので興味形成がされていない段階で実験参加者にキーワードを入力させ、そこに表示された広告テキスト、ブランド名との関連性を調べるのは全くもって正しい検証ではない。『ザ・サーチ』のジョン・バテルが検索エンジンのことを「database of intentions (消費者の意思・意図の集まるデータベース)」と言ったように、興味・意図 intention なきところに「検索」はない。消費者が「興味をもって情報を探している」ときに「情報として関連企業の広告もある」のが検索連動型広告なのだから、それぞれのキーワードに関連した興味をもっていない実験参加者とそこに表示されたブランドとの関係をもってしてそこにブランド効果がない、と言い切るのは、検索連動型広告の特性を全く理解せず設計された調査としか言いようがない。
もし検索連動型広告とブランディングの関係を「調査」するのであれば前提として:
- ブランディング、を定義する(ブランド知名/ブランド想起が実情とマッチする)
- あるカテゴリーについて興味を持っている人々を被験者グループとして複数設定する(料理に興味がある主婦グループ/旅行好きグループ/サッカー好きグループ/釣り好きグループ/就活生etc)
- b.で設定するグループに関連したキーワードを選択し、そこに表示されているブランド名を抽出、出稿していない競合ブランドも調査しておく。
- b.のグループにc.で抽出したキーワードを検索させる。
- 各キーワードとc.で調べられたブランド名とについて実験参加者に選択させる。
- 検索連動型広告に出稿しているブランドとそうでないブランドとの差異を見出す(追記:特に brand lift があったかどうか)。
- b.で複数グループを設定したのは調査仮説の一般化のため。それぞれについて、広告を出稿した場合としてない場合に差異が認められる場合、一般的に検索連動型広告への広告出稿はその商品カテゴリーに興味のある消費者に対してのブランディング(ブランド知名・想起としての)効果があると言える。
- グループ間で同様の差異が認められなかった場合には、カテゴリーによってその差異があるのか、あるいはあるキーワードの広告出稿数(何社の広告が表示されたか)によって影響があるのか、など、新たな仮説を持って検証する。
学問領域での研究成果ではあるが、調査の設計・仮説、及び現状と特性を理解してもらうために書いた。
みなさんの参考になれば良いと思う。