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May 19, 2008
「ケータイが発見した、新しい時間」
同タイトルで2001年5月7日に、「ポケラボニュース第一号」という、当時の博報堂内の携帯メディア研究会「ポケットeライフ研究会」のメールニュースで書いた記事を発掘(というかこのサイトのここにありましたがw)。
というわけで、ブログ側にも転載。
以下ご興味あればお読みください。
なんか昔は冴えてたんだな〜笑。ちょうど7年前にこの文章書いてたんだね〜。
今はダメかも。
ところで、この文章に書いてあることは携帯だけでなく、いまのマーケティングや広告全般に使えるのじゃないかな?
「ケータイが発見した、新しい時間」
2001/5/7 「ポケラボニュース第一号」(株)博報堂 ポケットeライフ研究会
■現代人は「時間」をもてあましている、という逆説
電車の待ち時間、タクシーの中、授業・会議の合間...などのちょっとした時間。知らず知らずのうちにケータイに触っている自分に気づく。なぜ?と聞かれても、どうしてケータイに触れているのか、自分自身で明確な答えは出てこないのだが。
もう、ここまでケータイが普及してしまったら、誰もがこのような経験をしているハズだ。おそらくこのメールマガジンの読者であれば、結構忙しい生活を送っている人たちだろうが、そうした「毎日に忙殺」されている人でさえ、ちょっとしたときには、親指がテンキーをまさぐっている。「忙しい」のにだ。
NHK放送文化研究所の2000年度版「国民生活時間調査」によると、相変わらず有職者の仕事時間は増えているらしい(にもかかわらず、日本人全体で見たときのテレビ視聴時間は増え、睡眠時間は減っている...と同調査が明らかにしている)。つまり日本人、誰もが仕事(学業)や娯楽に「忙しい」のだ。しかしながら、上記したような日常の「ちょっとした」時間は、会議だなんだと忙しければ忙しいほど、その隙間に生まれるアイドル・タイムなのである。
この「極々短い自由時間」は今までに発見されてこなかった。いや、あるいは無かったのかもしれないが、少なくともケータイが発見した「時間」である。そもそも「国民生活時間調査」は、テレビの視聴把握のために行われていたため15分単位で傾向を見ている。そのためそれよりも短い尺度の生活者の行為はなかなか見えてこない。しかし一方でケータイを通じ、それよりももっと短い数分・数秒単位の中で「自由な時間」が生活者の中に生まれてきているのは否めない事実だろう。
■狙いは新たな【可処分時間】〜短い自由時間という視点から見たビジネス・シーズ
こうした、個人が自由に使える時間のことを【可処分時間】と呼ぶようにしてみよう。ケータイによって新しく発見された【可処分時間】は極々短い時間の単位である。数分・数十秒の世界。しかし現代の生活者が忙しくなればなるほど(注意しなければいけないのは、「仕事で忙しい」だけでなく、「余暇」にも忙しい、ということ)、この【可処分時間】が一日に起きる回数が増えていく...という仮説を持てば、ここに新たなビジネスのシーズが見つかりそうだ。この【可処分時間】に基づくシーズは以下の2つに分けられる。
(1) ケータイそのもので【可処分時間】を消費させるという方向性
(2) 【可処分時間】の起こりやすい場に対応した商品開発という方向性
方向性(1)については、ゲームだったり、ちょっとしたコミュニティだったり、ケータイ向けのインターネット・コンテンツ/アプリケーション・サービス。ケータイそのものが【可処分時間】を消費させるためのサービスになっているもの、である。この方向では既に多くのサイトが知られているが、これから先、参入する際、あるいは企業がキャンペーンサイトを行う際でも重視すべきことは、
「どこでもアクセスできる」
という視点に基づくサービスだけではなく、
「どの場で」「どのようなシチュエーションで」「どのぐらいの時間で」
といった、【可処分時間】が起こる「場」に対応したサービスを提供することであろう。
一方、方向性(2)は今はまだあまり注目されていない。この(2)の場合は、極端に言えば「ケータイの競合商品を作る」ことだと思っていただければいい。言い換えれば、生活者が【可処分時間】を消費するための商品開発、あるいは【短い自由時間】に対応するために自社商品を見直す、ということだ。
現時点でその方向性を見受けられる具体的な商品事例として、ブルボンのプチ・シリーズである。サイズが小さい以外は従来の商品とは大きく変わらないように見えるが、この【小ささ】が、短い【可処分時間】の消費〜電車の待ち時間や授業の合間〜にあっている。このケースから学ぶべきことは、【自社商品は「時間」という尺度でのダウンサイジングが可能か?】であろう。
以前、カウチポテトという言葉が流行り、家でビデオを見てゴロゴロしながらスナック菓子を食べる...というスタイルに合わせた、ビッグサイズの商品が発売された。前述したように、生活時間調査によると「余暇時間」も増えている、ということなので、定番化したこうした商品群も残っていくだろう。しかし、【可処分時間】の観点に立てば、まったく同じだがサイズが違う小型の商品=短い時間で消費できる商品という、生活者にとって新たな価値を提供することができるのである。
■新たなマーケットを狙うための視点
〜Beyond the Demographic,“Contextual Marketing”
こうした【可処分時間】を発見するための有効なフレームとして【 Contextual Marketing 】という新しいマーケティング・コンセプトを導入したい。これは私と私の所属する部署のメンバーによって作られた、デモグラフィックでもない、サイコグラフィックでもない新たな「軸」として設定された。Context は「文脈」と訳されるが、従来の性・年齢などでとららえきれない、しかしながらそこに複数の生活者がコミットしているようなものを「Contextual である」と呼び、そこで形成されるマスを“Contextual Mass”とする。
上記したプチ・スナック菓子を Contextual なマーケティング・スキームにおけば次のようになる。
Context 「駅で電車を待つ」
Target 「電車を待つ人々」
---> Contextual な Mass の発見
---> ビジネスシーズ
Value 「電車を待っている/乗っている間の時間を消費できる」
こうしたシンプルなスキームで、(C=Context)における(T=Target)に与えられる(V=Value)が、この菓子の(V)そのものなのである、ということが発見できるかどうか? 「電車を待つ人々」は菓子そのものを買っているのではなく「電車を待っている/乗っている間の時間を消費できる」という価値を買っている、ということに気づけるかどうか? 勝つためには、いかにこうした 価値 Value を生み出していくか Produce がポイントとなる。
さて、【 Contextual Marketing 】(この新しいマーケティング・コンセプトについて多くを述べることが本文の趣旨でないのでそれは別の場に設ける)に基づけば、ケータイもプチ菓子も、生活者にとっての価値は同じになる。音楽業界の人々が、「ケータイのせいでCDの売上が落ちた」と考えていた時期もあった。しかし、【可処分時間】をどう消費するか、というケータイ自身が発見した Context における「価値」をかけて、ケータイ自身が競合を生み出すフェイズに突入する。つまり、ケータイの競合はケータイではなくなる...のだ。それがこの一年に起こりうることだろう。その際に、この(C)(T)(V)のフレームで、前に述べた【可処分時間】が起こる「場」でどう勝つか、ケータイ関連の各事業者は考えていかねばならない。でなければ、まったく思わぬところから、足をすくわれることになるだろう。
December 22, 2006
対談×2
最近2誌にてそれぞれ違った視点での対談を掲載中。
■ Web Designing 2006.12月号 p096-p097 『WEB AD TALK SESSION 2006年Web広告放談 高広伯彦×織田浩一』
こちらは、Ad Innovator の織田さんとのマーケット傾向うんぬんの話。
■ Web STRATEGY 2007.1-2月号 p116-p119 『ホンネで語らうWEB座談会』
こちらは、ADKのバイラルディレクター木田さんの呼びかけで、東京インタラクティブアドアワードグランプリのイマジナティブの水藤さん、深澤さん、コンテンツの山口さん、との主にクリエイティブやキャンペーンプラニングについて言いたい放題対談。
December 15, 2006
Web 2.0の流れが生み出したクチコミマーケティングの必然性
■Web 2.0の流れが生み出したクチコミマーケティングの必然性
以前、池田紀行(株式会社サイバーブレッド)さんとタカヒロノリヒコ(mediologic.com)名義で一緒に書いた記事がWeb上に掲載されています。
ご興味のある方どうぞ。
January 31, 2006
Webとコミュニケーション・デザイン
『標準Webデザイン講座 基礎編第2版・準Webデザイン講座』(翔泳社)
にて、
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2nd Day:マーケティング・コミュニケーションとWeb
・マーケティングの変化とWebの関係
・ブランディングとWebサイトの役割
・購買行動・情報行動とWebサイト
・コミュニケーション・デザインの実際
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を担当しました。
僕がプラニングの際に使っている色んなスキームや、「牛乳に相談だ。」のコミュニケーション・デザインの一部を垣間見ることができたり、します。よく「どうやってプラニングしているの?」って質問を受けることがあるのですが、そのうちのいくらかはこれで答えることができているかと思います。
ぜひご一読くださいませ。
January 18, 2006
「Web 2.0」って何だろう
1月18日発売のWeb Designing2月号(毎日コミュニケーションズ)にて、
【特集】「Web 2.0」って何だろう―単なる流行? それともWeb本来の姿?―
という特集が組まれてます。その中で6pほど書いておりますので、ぜひご一読くだささいませ。他とはちょっと違った“わかりやすい”切り口で書いています。
しかし...最近執筆・講演依頼多いな...
July 15, 2005
広告プランナーの視点から見たWebのクチコミ
というテーマで WebDesigning 8月号・特集「クチコミがWebマーケティングを変える」に書いてます(p64-65)。ちょっとした「クチコミ起こし」のヒントが書かれてありますの、ぜひお読みください。
他にもジャーナリストの長野弘子さんや、AdInnovatorの織田さんの記事などもありますので、オススメです。
いつどこで、どのタイミングでどんな気持ちのときに見る広告なのか、それを考えて作る時代なんです
というテーマで、COMMERCIAL PHOTO 2005年8月号にてインタビューを受けてます。
特集が「テレビから飛び出したCMたち」。
僕はCMプランナーじゃないので、CMについて語るのはどかなーって感じなのですが、むしろそれより上のレイヤー、=コミュニケーション・デザイン的観点から話をさせていただきました。
p76-77 です。よろしければご覧くださいませ。
November 01, 1996
「ゲーセン」 1996/11/1 『メディア人間学』(京都新聞)
そこには様々な格闘技の使い手たちが集まる。中国拳法である八極拳や酔拳・蟷螂拳、ブルース・リーの作り出した格闘技ジークンドー、合気柔術、プロレス、相撲などを駆使し、彼らは日夜闘い続けている。「現実」に日本のあちこちでこのような闘いが繰り広げられている。今あなたがこれを読んでいる間にも−−−。その場所とは、通称「ゲーセン」、つまりゲームセンターである。
最近のビデオ・ゲームの流行は格闘モノである。画面の中のキャラクターがあらゆる技をくりだしながら、相手を打ち倒していくといったタイプのゲームである。この種のゲームは以前からあったものの、現在までのブームは、『ストリートファイター2(スト2)』に始まるといってもいいだろう。このゲームは、肉体派俳優ジャン=クロード=ヴァンダム主演で、テーマソングをチャゲ&飛鳥が歌うという異色のハリウッド映画にまでなったほど話題になった。しかしもっと注目すべきは『スト2』や今やそれを凌ぐ人気の『バーチャファイター3(バーチャ3)』といったゲームが、若者の新たなメディアとなり、新たなコミュニケーションを生み出しているということである。それはこれらのゲームで確立された「対戦」というスタイルにある。
背中合わせに並べられたゲーム機は、知らない相手との「乱入」(この種のゲームは対戦相手として自由に参加できるようになっている)を容易くした。見知らぬ誰かと「対戦」し、勝ち続けば画面の上方に勝ち抜き人数が表示される。このとき彼らはその人数分の相手と、モニター上のキャラクターの身体を通じて、無言の電子的・身体的コミュニケーションをとっているのだ。と、言えば「最近の若者は・・・」といった話になってしまいがちで一面的すぎるのでもう一つ例を出そう。
9月に市場導入された『バーチャ3』はCGの美しさに定評があり、女のコたちにまで人気が広がり、その周りには必ずギャラリーが群がっている。観察していると、ある種の卑怯な勝ち方をするプレイヤーがいたり、勝ち抜き人数の多いプレイヤーがいれば、あたかも一致団結したかのように、ギャラリーが次々と「乱入」し「対戦」ていくという光景に出くわすことがある。そのうちにその「挑戦者」たち同士で、「あの技はこうやってかわすこどができる」とか情報交換を始め、知らない間に友達になっていたりすることもままあるのである。
つまりもはや「ゲーセン」は不良の溜まり場、退廃的な空間ではなく、若者たちの一つのコミュニケーション空間となっている。ドイツの社会学者ユルゲン・ハバーマスは西洋世界において様々な意見交換が行われた「サロン」の機能に注目しているが、果たして「ゲーセン」は若者にとってのある種の「サロン」になりうるだろうか。もしそうなれば、ここから新たな若者文化が生まれるのではと僕は期待してるのだが。
September 27, 1996
「プリクラ」 1996/9/27 「メディア人間学」(京都新聞)
昨年、東京で行われた「おもちゃショー」に二〇インチ・モニターのついた高さ二メートルほどのヘンな機械が登場した。それにはカメラがついており、モニターに自分たちの姿が写るようになっている。CGでできたフレーム数種類の中から一つを選んで、コレだと思うポーズの時に〔決定〕ボタンを押す。するとその姿がシール十六枚一シートになって出てくる。ショーではオジサンたちに見向きもされなかった一方、イベント・コンパニオンのオネエさんたちが行列を作ったといわれるこの機械、名前を「プリント倶楽部(通称プリクラ)」という。ジャニーズの人気グループ「SMAP」のテレビ番組で紹介されて(彼らの写ったプリクラのシールがプレゼントだった)以来、現在までプリクラは女子中高生の間で爆発的なブームになっている。主にゲーム・センターやカラオケ・ボックスに設置してあったりするのだが、放課後や休日にその前を通ると女子中高生たちの行列に出くわすことも珍しくないぐらいだ。
このプリクラで特徴的なことは、一人だけで写ることは全くといっていいほどないということである。仲のいい友達と学校帰りに、あるいはナンパしてきたカッコイイ男の子たちと一緒に撮るのが普通であり、フレームの中には必ず二人以上の姿がある。これはプリクラの前で写るという行為自体が一つのコミュニケーションになっているのだろうが、同時に次のようなことも考えられる。米の哲学者スーザン・ソンタグは「写真を撮るということは、写真に撮られるものを自分のものにするということ」だと言ったが、プリクラでは自分自身もその中に収まるのであり、一緒に写った友人と同時に自分自身をも自分のものにしてしまう。言い換えれば、「ある日/ある時」の「自分」と「友人」との「関係」を縦一・七センチ×横二・四センチのシールの上に固定させているのである。それを互いに分け合い、手帳に、あるいはポケベルやPHSに張りつけて、「関係」を自分のものにしていくのだ。しかし一方でそれは刹那的だ。
私が出会った女子高生の中にはポケベル・PHSに思いっきりプリクラ・シールを張っているコが何人もいたが、スペースが無くなればその上に上にと新たに張っていくのだと言っていた。当然、上に張られているシール=「関係」ほど新しい。さながらコラージュされた彼女たちの「つながっていたい」ための2つのコミュニケーション・ツールは、「関係」の証としてのプリクラ・シールとの相乗効果の中で、現代の刹那的コミュニケーションを象徴化したものとなってしまっているのである。
だからおそらく今日も街の至る所でプリクラの前に立つ女子中高生がいるハズだ。ほんの数日前写したシールよりももっと新しいものを求め、常に「関係」を「更新」するのに必死なのだ。

