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mediologic

メディアと広告とマーケティングと。

PageViewは死なないが、考え方を改めなければならないのは当然だろう 〜 The Startup梅木氏の文章を読んで。

アドテク アドテクノロジー業界 オンラインメディア/デジタルメディア デジタルなマーケティング 超まじめ

梅木雄平氏が自身のメディアである The Startup にて、

PVは誰のためのものか?(The Startup)

という記事を書いていて、覗いてみると、もともとLINE田端氏の以下のツイートが発端だったらしい。

で、両者の元ネタは

ウェブ関係者よ、PVの話をするのはもう止めよう (WIRED.jp)

であり、その原文はこちらとなっている。

Page Views Don’t Matter Anymore—But They Just Won’t Die (WIRED)

 

上記の「ウェブ関係者よ〜」の文章によって田端氏が反応したのは、「じゃあWIREDさんも率先してPVを書くのをやめたらいいのに」ということだと思うし、彼自身がコンデナスト・デジタルにいたこともあるので、それなりに裏のある発言だと思うのだが、TheStartupのほうの文章を見ると梅木氏の意見としては、上記のWIREDの文章に「PVを否定するとはなんという軟弱な!喝を入れてやる!」ということらしい。

はて。

まぁぶっちゃけ、色々な新しい広告施策を、それこそ米国の中でも先端的にやってるコンデナストグループ(WIREDもそう)の中の人(原文の執筆者はWIREDのスタッフライター)が書いてるわけなので、米国事情をベースに語っているわけで、確かにこの数年「Page Viewでいいんだっけ?」という話になり、「engagement」や滞在時間etcなどのほうが広告主にとっても媒体にとっても正しい指標なんじゃないの?という議論がなされている。

とりわけ日本人には馴染みにくい「engagement」については、ことContent marketingやnative adsの界隈では一つの指標として定着しつつある。

さて、上記の梅木氏の文章では、PVというのものが

無論広告主様のためのものであり、ユーザーのためのものではない。

という話になっており、

ユーザーにとってPVなどどうでもよく、そのコンテンツから有益な情報なり癒しなりなんか面白かったとか、得るものがあれば良いのである。

ということになっているが、これはいささか残念な理解と言わざるを得ない。

engagementとはなんぞや?については、

“engagement”をデジタルマーケティングにおける定義としてもう一度理解し、広告の価値として見直す。

と、

engagement と bonding と。それは「キズナ」と簡単に訳せない。

を時間があるときに読んでいただければ良いと思うのだが、とりわけ梅木氏が勘違いしてるのではないか?と思うのは、WIREDの元の文章では、文脈の重要性を語っているのにその部分をどうも理解されていないように思える部分だ。

もとの原文では、"Quality became less important than provocation" とあり、「質よりも挑発的(な内容や記事)であることが重要になってしまった」とし、それによって、例えばタイトルとコンテンツの質が著しく違ったりすることも問題であり、また、あるリンクをクリックしてたどり着いたページが合ったとして、そのページの次のページ、そのまたの次のページとなると、そもそも最初にリンクをクリックした時の興味とはどんどん遠くなるのではないか、という"Curiosity Gap"という問題を上げている。

つまり、単にPage Viewというのは「ページの表示された量」であって、”なぜそのページが開かれたのか?”ということは加味されていない、ということが問題である、という問題提起がもとの文章の根っこにある。(1/2

さて。

ユーザーにとっては、探している情報に容易にたどり着けたり、ないしは自分にとって楽しめる・有意義なコンテンツにであることはそれでOKだろう。

しかしながら広告主とっては自社のマーケティング目的にあった広告を実施したいし、媒体社にとっては自社のアセットを最大限マネタイズしたいということになる。

Page Viewについては、オーディエンスを細かく、しかも購買のライフステージごとにもターゲティングができるようになった結果、広告主側にとっては無駄なimpressionに広告費を費やさなくてもよくなってきたのは事実だと思う。しかし「ターゲティング精度が細かくできるようになった」というのは、すなわち広告の機能である「興味喚起ができる」ということとイコールではない。むしろ現在の日本のネット広告業界は、「すでに起こっている興味を刈り取る」ために使われているのであって、Curiosity Gapの幅が狭い部分・やり方でしかやっていないのではないか、と思われる (*3

意味のある Page View っていうのは何なのか?

それがもとのWIREDの文章の指摘する問題でもあるのだ。

つまり、サイトに訪問するユーザーは、どこか”別のところ”から来ているのであって、その”別のところ”で持っていた「興味」を持って自分たちのサイトにやってくる。当然、その「興味」と合ったコンテンツを到達先であるページで提供できていれば engagement も滞在時間も増えるだろう。こうしたときの 1PV は意味のあるPage Viewになると考えられる。しかし、そうではなく、期待に添えないページ(=コンテンツ)となってしまった場合には、すぐに離脱されてしまう可能性が高い。しかしながらPave Viewのカウント上は、そういう状況であったとしても、ページが表示されたとして 1PV となる。この場合、このページは engagement が低いページとなる。

さて、梅木氏は、「PageViewとは広告主のもの」としているが、広告主は engagementの低い、自社の広告が表示されてるかどうかもわからない(一般的に、ページの1PVにおいて、そのページでサーバーにリクエストされた広告については表示の如何に関わらず 1 impressionとカウントされる (*4) )ページにおける Page View を有難がって買う時代が長く続くであろうか? まあ、そんなはずはないだろう。

ここしばらくの(特に日本で話題になる)アドテクの進化というものは、

  • 広告主目線でいくと、ターゲティングの進化
  • 媒体目線でいくと、広告在庫(特に売りにくいところ)のマネタイズ化

に偏っていて、「ユーザーの興味に合わせて、しかもブランド(商品・サービス)への興味喚起ができる」という視点でのものが極めて少なかった。

梅木氏は上記文章の中で

広告主にとってのPVという指標は、昨今動画広告による「ブランドリフト」など新たな指標が出てきたとはいえ、到底すぐになくなる指標ではない。

と書いているが、(いや、そもそもブランドリフトは「動画広告の指標」じゃないんだよ!という基本的な理解不足へのツッコミはさておいて・・・)、「ブランドリフト」に貢献するネット広告はここ10年ぐらいは下火だったわけで、しかも「ブランドリフト」を単なる”認知”ぐらいのレベルでとらえるのではなく、それには"購買意向”も含むんだよ”という話をしなければいけないくらい、マーケティングやブランドに関する業界の知識不足・レベル低下が否めない、という業界の人材的課題も垣間見える。

それゆえに、ネット広告業界には金脈であるブランディング予算がまだまだ落ちてきていないし、その理由が「質の高い Page View」と engagement を考慮しないことにあるのだ、ということにそろそろ気づいて従来的感覚での「Page View至上主義」を改めなければならないのは確かなんだがな(*5。

 

 


*1/ 検索連動型広告が一般的に効果が高いのは、ユーザーの興味関心と広告主のオファーとの間でのCuriosity Gapの幅が狭いからである。

*2/ まぁ、そもそも米国のWIREDの記者が書いた記事をネタにしながら、日本のWIRED.jpの媒体資料を出してきて、得意げな文章を書いてしまってるというのも大きなgapがあると思うんだけどね。米国で起きてることと日本を同時代的に語るのは無理があると思うので。

*3/ 最近、「今のままでは刈り取り型にしかならなくって、育成型とか醸成型のネット広告ができないし、それを提案してくれる代理店が無くて困っている」という声が、とりわけネット広告に予算を大きく投じている広告主から聞こえてくる。

*4/ この辺りの話については、以下をお読み下さい。 Viewability が普及するとネット広告の価値はどう変わるのか?についての短文 『Viewability が普及するとネット広告の価値はどう変わるのか?についての短文』についての追記

*5/ ということを梅木氏が東京カレンダーやTheStartupで気づくのにあと何年かかるのだろう?

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