読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

mediologic

メディアと広告とマーケティングと。

自分の考察・主張を信じるならTwitterのせいにしてはいけない。

ソーシャルメディアとマーケティング 超まじめ

【次世代マーケティング考】今こそ“ツイッター”の功罪が議論されるべきでは  MSN産経ニュース.

この記事が人づてに転送されてきて「高広さんどう思います?」と聞かれた。

Twitterではつぶやいたけど、大事なことな気がするのでブログにも記述しておく。

このインテグレート藤田さんの文章への意見は他に、『リアルタイムウェブ-「なう」の時代』を書いた小林啓倫さんも書かれているのでこちらも参照されたし。

さて、どうも藤田さんは自分(とその他の講演者も、としているが)が講演した内容について「tsudaられる」のが嫌なようだ。それは自分の主張とは違う内容として“ねじ曲げられて”ツイートされることがあるから、という。

しかしながら、どんな主張・考察であれ、Twitterが普及してようがしまいが自分の意図通りに伝わるようなことはなかなかない。オーディエンスに全く伝わらなければそれは自分の伝え方のせいだし、伝わった人と伝わらなかった人、両方いて普通だし、多くの人に伝わったら大成功、である。

そもそも自分の考えてることがまったく100%、一回で伝わることなどなかなかない。そしてそれが聞いた人の「解釈」によって変わることも多い。そう、自分の発言というのは「解釈」されるものだ、という前提にたって発言をすることを意識しているかどうか、それが壇上に立ったり、文章を書いたりする人間には重要なことなのである。

結局のところ、この解釈に基づいて自分の意図が伝わったかどうかがわかる・かわるので、それが違ったように伝わったなと思ったら(思っても)、それが正しいと思うなら、自分の考えを信じるなら、何度でもそれを言い続けなくてはいけない。

また、ねじ曲がったように伝わっている、と思わされる一方で、ちゃんと汲みとってくれる人もいるということも分かっていなくちゃいけない。どうも人間はネガティブなほうだけを抽出するクセがある。しかし分かってくれてる人は分かってくれてるわけなので、そういう人を増やす努力をするしかないのだ。

だから自分の意見を伝えたいのであれば、Twitterや他のツールのせいにするべきではない。少なくとも、僕らみたいに講演したり、執筆の機会がある人間は。

ところで僕がどうしてもこのエントリーを書きたくなってしまったのは、上記の文章の執筆者が、コミュニケーションプラニングや戦略PRと呼ばれる業界の人だから。その人が「自分の言ってることがねじ曲げられているからこのツールはだめだ」という要旨のことを主張するのは非常に残念に思う。そもそも「情報クリエイティブ」を標榜し、ターゲットオーディエンスに適切に情報を伝える、ということを色々なところで語っているのであれば、このような文章は自らの職を否定しているようにしか思えない。いかにして情報をうまく伝えるか、をビジネスにしている方の文章と思えなかったのだ。

戦略PR業界の先達が情報が正しく届かないっていってしまうのは悲しいこと。それをどう届けるかが仕事じゃないですか、と言いたい。

追記)そもそも「情報理論」「コミュニケーション理論」を学ぶと、最初に出てくるのは「ノイズ」に関する問題である。以下参考まで。

・Wikipedia 情報理論 ・シャノンとウィーバーのコミュニケーションモデル ・コミュニケーションの伝達モデル

追記)好きなように書かれてしまう一方で、自分の主張・反論が書けるのがブログやソーシャルメディアのいいところ。一方的じゃない。