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mediologic

メディアと広告とマーケティングと。

ブログ=書き手のアイデンティティの表出か?

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とある知ってる若者のブログのエントリーで「ブログがつまらない上司は嫌だ」って話が書いてあったんだけれど。

まぁ突っ込みたいところはいろいろあるが、
(たとえば、そもそもブログは面白くなくてはいけないのか?という根本問題)

「ブログで気が大きくなって偉そうなこと書いているのはもっと嫌だ」

以上。

まぁ自分もそうか(笑

ブログは確かに個人メディア化しているが、このエントリーを書いた本人が、「ブログにはその人の性格が出るし、センスが出るし、深さが出る。そう、にじみ出る。」と書いている通り、浅い、青いもにじみ出る、ということをちゃんと理解していない自己矛盾も考えておいたほうがいいだろう。

ちなみに、私タカヒロの場合、セミナーなどで顔出しをするまでは、このブログを読んだ人からは、「年齢40代半ばぐらい」「見た目は多分カタい感じの人」などと想像されていたようです。また、センスのいいブログ書いてるけど(=ブロガーとしてスバラシイ)仕事できない人もいますわ、確かに。

むしろブログは人格を使い分けることも可能な、“編集可能なアイデンティティ”を実現する個人メディアだと思う。なので、普段接している人格を表現することもあるだろうし、普段見えていない人格を表現することもある。だからこそ、おもしろいブログ=おもしろい人格、とも、つまらないブログ=つまらない人格、とも、おもしろいブログ=実物は面白いと思えない人格、つまらないブログ=実物はめっちゃ面白い人格、なんてことも当然ありえるわけで、ブログがすなわちその人自身の映し鏡である、なんてことはない。

もちろん、そこに書いていることがその人の「主張」である限りは、人間としての人格の一部である「思考」「思慮」なんてものは見えてくる。なので、ブログがつまらない=つまらない人格なんて浅はかな論をつないでるようでは、その思慮の浅さもさらけ出してるようなものだ(とはいえ、確かにつまらない人がかけばつまらないブログになるという傾向はありそうだが。。。)。しかしながら、ブログがおもしろくない上司は嫌だ、と言ってしまうには、相当自分が仕事面でも性格面でも会社の上司より上回ってなくちゃいけないと思うんだけれども。ブログのつまらなさ・おもしろさで上司を評価するのってどうよ、って思うし。

っていうか、そういう思慮の浅さっていうかそういうことを教えてくれない上司がいないことが可哀想なのであって、ブログがつまらない上司がいることなんて、彼の人生にとっては致命的ではなんでもない、と思う。

※と、年齢にして一回り下の、知っている若者だからこそ、ここに書いておく。