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mediologic

メディアと広告とマーケティングと。

コミュニケーション・デザインとは?(補1)

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金曜日にミュージアムや各種エキシビションの空間デザインを得意とするミュゼグラムの渋谷城太郎(通称”J”)と久々に食事。Jとの中は「年に一度は食事をしよう」と約束し合った仲で、一年間に互いに考えてきたことを意見交換できるよき相手(彼曰く、「タカヒロと僕は互いに映し鏡みたいなもんで」ということらしい)で、といっても僕より5つ上だし、いつの間にかになってるし、フィールドも違うんだけど、互いに刺激&同意・共感があるのが面白い。いつのまにか助教授にもなってるし(^^;;

彼のフィールドは、空間デザインということで、しかもミュージアムとかのデザインやってるものだから、知識をどうやって、人間の身体そのものとのインタラクションで学んでいくか、といったことも考えていたりする。

「空間は身体的に情報を受け取るメディア」

と、彼は今回名言を言ってたんだけれども、「空間」というもともと何も無いスペースに情報を配置し、人々が情報を受け取りやすいようにデザインをしていく、という仕事を彼は行っているわけで、一方僕のほうも「空間」というか、ブランドとか商品・サービスの置かれている「生活空間」みたいなとこを相手に仕事をしている。

で、互いに共感したのが、

「それはアフォードされているか、どうか」

を見極める能力について。

“アフォード”いや、“アフォーダンス”といったほうが一部の人には親しみやすいかもしれないが、この言葉はギブソンという認知心理学者によって定着させられた言葉で、例えば、机の上にあるコップを掴むときに、僕らはそれについて「コップまでの距離」や「掴む握力」をいちいち計算しているわけではない。同様に、椅子には「これは座るものです」と書かれていないにも関わらず、自然と座っていたりする。

このように、モノ自身が「自分をどのように扱って欲しいか」をメッセージとして発している=”アフォードしている”といえば、まぁおおよそ当たりだろう。

で、空間のデザインであろうが、広告やWEBやコミュニケーションのデザインであろうが、この「アフォードしているかどうか?」が重要なポイントとなってくる。言い換えれば、説明が必要なものは良いインターフェースではない=アフォードしていない、ということである。

この話は、「コンシューマの学習能力って侮れないよね」という会話から出てきた。展示物であれ、WEBサイトのデザインであれ、「これはこうこうこうして使ってください」「これはかくかくしかじかという意味なんです」という説明がやたら書かれているものは、すなわち、よいインターフェースではなく、むしろ、それに触れる人の学習能力を「舐めている」のではないか、ということ。さらに別の言い方をすると、「そのデザインはいじられやすいか?」ということか。

さて、こうした“アフォードしているデザイン”を生み出すために何が重要か?という点においても、互いに激しく同意をしたのが、

「プレ・デザイン」

である。

「プレ・デザイン」とは、「デザイン」を始める前のインプットのことを指す。彼(=渋谷J)曰く、最近のデザイナーは、とかくMacで手を動かし始めることが多いらしい。しかしむしろ、実地に出かけてカラダをもって経験する、先人の知識を脳ミソに突っ込むといったほうが大事なのじゃないか、と。空間をデザインするものとして、実際に行って感じることの重要性を彼は相当感じている。同様に僕のフィールドにおいては、その商品・サービスがどうやったら受け入れられるか?を考えることなので、実際にそれが売られている現場や、あるいはそれらについてみんながどのように思っているか?を考えることが非常に大事なのだ。そしてこれらを考え抜くところから、「アフォードされる」デザインを考えることができるのだろう。つまり、「アフォーダンス」とは、ある情報・環境がどう人間にインプットされるか?ということなので、全く何も無い=データも情報もない状況からデザインすることなんてできないのである。

コミュニケーション・デザインにおいては、商品・サービスとそれを受け入れて欲しいターゲット層との距離=ギャップを理解するところが「プレ・デザイン」となる。

しかし、この「プレ・デザイン」は全く何も無いところから手探りで始める作業なので、学校で習ってきた教育制度になれてしまっている人が多いので中々できない人がいる。これは学校では「覚え方・解き方」は教えてくれるが、「考え方・学び方」そのものについては全くもって教えてくれなかったからだろう。。。

さてそんな脳ミソをストレッチするために、ここで一つの例=問題を出してみたい。


問)
今、携帯メーカー各社が「音楽対応ケータイ」「オンガク・ケータイ」として新商品を発売し続けている。
しかし、今ひとつ、「オンガク・ケータイ」という“イメージ”自体が思いつかないし、人によっては「着メロがキレイなケータイなの?」といった誤解 misunderstandings が生じている。

では、「オンガク・ケータイ」が“オンガクの聞けるケータイ”としてアフォードされるされるためにはどのようにすればよいか? いいコミュニケーション・デザインを考えてみてください。コメント欄へ書き込んでみてくださいませ。後日、僕の場合のアイデアを書いておきます。

ヒントは、“mimic”